暴言はある日突然始まる
母の認知症が進行するにつれて、感情の起伏が激しくなっていきました。
一人での介護に限界を感じ始めていたので、施設入所の話をしたとき、こんな言葉をぶつけられました。
- 「私は迷惑なんてかけていないのに、なんで出て行けなんて言うの?」
- 「ここまで育ててきたのに、こんな子だとは思わなかった」
- 「(私が)死ねばいいんだね。それで解決なんだね?」
認知症の症状だとわかっていても、この言葉は心に突き刺さりました。
「落ち着いて対応しよう」
「受け流せばいい」
そう思っていたはずなのに、実際はうまくいきませんでした。
受け流すのは難しい
認知症介護の本やネットでは、「暴言は病気のせいだから、受け流しましょう」と書かれています。
しかし、実際に目の前で何度もひどい言葉を言われると、そんな余裕はなくなります。
「そんなことできるわけないだろう!」
「やれもしないのに言うな!」
つい、強い言葉で返してしまいました。
第三者(母の友人)に説得を頼んでも、「そんな話は聞きたくない」と拒絶。
正論を伝えても、「今はそんなこと考えられない」と突っぱねられました。
どう対応すればよかったのか、当時の私にはわかりませんでした。
罪悪感はあまりなかった
介護をしていると、「怒ってしまった」「もっと優しくすればよかった」と後悔する話をよく聞きます。
しかし、正直なところ、当時の私は 罪悪感すらあまり感じていませんでした。
毎日疲れ果て、「どうにでもなれ」と思っていたのかもしれません。
それくらい、精神的に追い詰められていました。
今振り返ると……
時間が経った今、「もっとこうすればよかったのかも」と思うことはあります。
- その場で言い返さず、距離を取る
- 会話を続けず、別の話題にすり替える
- 完璧に対応しようとしない
しかし、その時の自分には無理だったと思いますし、できなくても仕方なかったと感じています。
まとめ:介護は「うまくやる」より「自分が壊れないことが大事」
暴言を受け流せなかった、強く言い返してしまった——それでも、私は精一杯でした。
もし今、同じ状況で悩んでいる方がいるなら、こう伝えたいです。
- うまくやろうとしなくても大丈夫
- 受け流せなくても、言い返してしまっても仕方ない
- 自分を責めるより、自分を守ることを優先してほしい
介護は正解のない戦いです。
どうか、自分を犠牲にしすぎず、無理のない選択をしてください。
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